2014年8月17日日曜日

岩崎夏海クリエイター塾 第三回に参加してきました!


みなさまこんにちは。
波乗りたいしです。

2014年8月2日に渋谷で行われた、ハックル氏(@huckleberry2008)こと岩崎夏海氏の主催する『岩崎夏海クリエイター塾』の第三回に参加したので、レポートをお届けしたいと思います。


メニューはこちら!
・究極の『面白い』は存在するか?
・映画『赤ひげ』を紐解く
・究極のコンテンツは『***』!?
・あらゆるコンテンツは『**』である!


究極の『面白い』は存在するか?

まず、良いもの、面白いものを作れる人になるには、『全てのものごとに共通する究極の面白さがある』と思っていることが重要で、『面白さの価値観は人それぞれである』と考える人は、小さなコンセプトしか持てず、それがストッパーとなり面白いものが作れない、というお話がありました。

※『コンセプト』や『ストッパー』というのは、岩崎氏のブロマガで連載中の『競争考』の中で使われている言葉なので、是非読んでみてください。
ハックルベリーに会いに行く  http://ch.nicovideo.jp/huckleberry

では、面白さの裏付けはどのようになされるのか、という点について『メインストリームに寄り添う(系譜に乗る)』ことが提示されました。
それが、美の根源とも言うべき究極の価値に近づいていく方法のひとつになるということでした。

講義では、実際に美の根源からインスピレーションを得ている具体例が挙げられ、どのようにしてメインストリームにあるクリエイションに向き合うのかや、『いいもの』とされていながらも、なかなか理解が難しいものに対してどうあるべきかが話され、非常に興味深いものでした。


これは、前回の講義の中で出ていた、『クリエイションとは換骨奪胎である』という考え方の、『1.良いものを見分ける』にあたり、続いては、そのメインストリーム上にある、価値の定まったコンテンツである映画『赤ひげ』の構造を分析することで『2.構造を見抜く』ことを学んでいきます。


映画『赤ひげ』を紐解く

講義のテーマである映画『赤ひげ』についてのブロマガが『週末に見たい映画』シリーズで2記事発行されていました。

週末に見たい映画#017「赤ひげ」(2,791字)※有料コンテンツです
http://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar200932

週末に見たい映画#40「赤ひげ」(2,117字) ※有料コンテンツです http://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar395623

前者は黒澤明が役者の演技を最大限に引き出すために行なったことについて、後者はこの物語を魅力的にしている構造について述べられています。

また、映画『赤ひげ』の原作となった山本周五郎の『赤ひげ診療譚』も『週末に読みたい本』シリーズで紹介されていました。

週末に読みたい本#8「赤ひげ診療譚」(2,009字) ※有料コンテンツです http://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar541792

こちらの記事では、原作の持つ物語の深い哲学的命題について言及されており、黒澤明がそれをどう映画で表現したのかについて述べられています。

個人的に、クリエイティブに欠かせない要素として、Thought(思想・哲学)、Engineering(技術)、Design(デザイン・構造)という3つの要素を、アメリカで行われている有名なカンファレンスになぞらえて、TEDと呼んでいるのですが(本家はTechnology,Entertainment,Design)、それに沿い、ブロマガに書かれていたことと講義で話された内容を併せてお伝えします。

まずはThought(思想・哲学)。
優れたクリエイションには、必ず表面的なエンタテインメントとしての面白いストーリーの裏に、深遠な哲学的命題が存在し、この映画は黒澤明が表現しようとした思想の最高到達点と考えられているそうです。

これを聞いて思い出したのが、前述の『週末に見たい映画』シリーズの『フォレスト・ガンプ』の回で、この映画にも同様に、裏に哲学的洞察が存在するということを知り、衝撃を受けたことでした。
ブロマガ内で氏が述べているように、『フォレスト・ガンプ』が純然たるエンタテインメント映画と考えていた人間のひとりだったので、目から鱗が落ちる思いだったことを覚えています。

週末に見たい映画#002「フォレスト・ガンプ」 (1,932字) ※有料コンテンツですhttp://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar24178

この映画が好きだと言う人は多いですが、恐らくそのほとんどは表面的なストーリー、ーーつまり、ちょっとばかり頭の悪い主人公だが、真摯に人生に向き合うことで、最後にはささやかな幸せを手にするーーを好きと言っているのでしょう。
しかし、裏の哲学的命題を知ると、180度とはいかないまでも、175度くらいは転回してしまうような感覚がありました。

そういったことを知ると知らないでは、コンテンツの楽しみ方の深さに違いが出るばかりではなく、作り手としてエンタテインメント性と哲学的洞察の両立がネックになると感じていたので、とても興味深いものでした。

続いてEngineering(技術)。
この映画では、役者の演技を最大限引き出すために、困難な技術的問題を解決する必要があったこと、そしてそれを可能にするために、黒澤明が技術スタッフに対してどう振る舞ったのかが話されました。

これを知ることで、映画を魅力的なものにしている鬼気迫る役者の演技や、光と影の美しさが、絶妙なバランスの上に成り立った奇跡のようなものであることがわかります。
事実、この映画が撮影された数年後、思うような撮影マネジメントができないことを苦にして、黒澤明は自殺未遂を起こしたそうです。

レベルの高いクリエイションにおいては、人を動かす必要があり、人を動かすためにはプレゼンテーション(説得力)が不可欠となることを、岩崎氏は『もしドラ』他の出版物を世に送り出す過程で、痛切に感じてきたそうです。

そして、衝撃の本日の名言、『髪フサフサのイケメンにはレベルの高いクリエイションはできない』。
僕はイケメンではないものの、まだ髪がフサフサかつあらゆる面で自分に甘く生きてきたため、目の前の岩崎氏と目を合わせることができませんでした。

最後にDesign(デザイン・構造)

多くの人は、実際には目に見えない構造や意識されない部分に惹かれていることに気づいていない。
これを魅力が『自動化』されている、または『刺さる』と表現し、これをビジネスに置き換えた例が提示されました。

そして『赤ひげ』において、人々に『刺さる』感情移入の構造のうち、主なものとして
・オイディプスモデル
・ビルティングスロマン
・入れ子構造(マトリョーシカ)
が挙げられ、それぞれ詳しい話がありました。

このように構造に着目することで、作品に対して感情を抜きにしてフラットに向き合うことができ、何が価値なのかを理解することができるそうです。

いいものを見る、ということは良く言われますが、いいものがどういう構造になっているか、まで踏み込むことはあまりないと思います。

この映画は授業に先立って3回観ましたが、是非もう一度観てみたいです。


究極のコンテンツは『鏡』!?

続いては、コンテンツメイキング全般における心構えについてのお話がありました。

それは、コンテンツによって何かメッセージを伝えようとしたり、クリエイションを立身出世の手段としてとらえるとうまくいかないというもので、究極のコンテンツは、『観ている者の内面を反映する鏡』のようなものであるということでした。

ここでは、岩崎氏の著書『もしドラ』にまつわる、99%の人がしている誤解が具体例として挙げられましたが、これは僕はもちろんのこと、岩崎氏の周りでも分かった方は2人しかおらず、そのお二方はドラッカー学会に属する方だったそうですが、他の方は往々にして、それぞれのーー岩崎氏の意図とは違うーー解釈で著書を評価されているということでした。

このように、誤解されたり伝わらなかったりしても、そういう評価から抜け出し、リミッターを外して自身の描こうとする対象への愛情を深めていけばいい。
これをクリエイションに対する宗教心・信仰心、クリエイションに帰依するという風に表現されていました。

ここで思い出されたのが、再三の登場になりますが、『週末に観たい映画』で紹介されていた、映画『イル・ポスティーノ』でした。

週末に見たい映画#010「イル・ポスティーノ」(2,651字)※有料コンテンツです http://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar124820

物語の終盤で主人公のマリオが、詩人パブロ・ネルーダのために、自分が住んでいる島の美しいものを録音して回るシーンがあるのですが、これこそがクリエイションの本質であり、アートの最も原始的な姿であると感じたのです。

マリオの必死な姿に島やネルーダに対する想いを感じ、この映画自体が鏡となって、アート・クリエイションとは何だろうという、僕自身の長年の問いの霧が少し晴れたような気がしたのです。


あらゆるコンテンツは『嘘』である

ここでは、次回の課題である小説『ハックルベリーフィンの冒険』の概要について触れられました。
この小説の主要なモチーフが『嘘』であることを引き、あらゆるコンテンツに共通する概念として『嘘』があり、あらゆるコンテンツは『嘘』であるということが提示されました。

これは言われてみれば当たり前ですが、演劇などのコンテンツ(嘘)になぜ人が感情移入するのを考える上で、この『嘘』が持つ哲学的概念を理解することが重要な意味を持つとのことです。

『ハックルベリーフィンの冒険』は文学史における『メインストリーム』上にあり、世界の文学史上非常に重要な作品として評価されているーーつまり過去の偉大な作品に影響され、以降のあらゆる作品に影響を与え続けているーーということです。
この作品を扱うことで、価値とは何かということを理解したり、『メインストリーム』に寄り添うことの大切さも認識していけるのではと思います。


次回は8月23日に開催されます。
講座の後には懇親会も予定されているので、今からとても楽しみです。
次回課題は下記の2作品(小説の読み方の教科書は任意)です。


ハックルベリーフィンの冒険(村岡花子訳のもの)
小説の読み方の教科書





岩崎夏海クリエイター塾レポート・リンク集
http://blogger.naminoritaishi.com/p/huckleberry.html

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