2015年3月13日金曜日

映画について語るときに僕たちの語ること 第二期岩崎夏海クリエイター塾 第四 回


皆さまこんにちは、波乗りたいし(@naminori_taishi)です。

2015年2月28日に渋谷で行われた、ハックル氏(@huckleberry2008)こと岩崎夏海氏(以下ハックル氏)の主催する「第二期岩崎夏海クリエイター塾」の第四回に参加したので、レポートをお届けします

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今回の課題は歴史的な名監督、小津安二郎監督の遺作でもある映画『秋刀魚の味』。
課題となった映画が、ハックル氏ブロマガの「週末に見たい映画」シリーズで紹介されている。
週末に見たい映画#29「秋刀魚の味」(2,738字)
http://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar286291

前回授業での課題発表時に「奇跡のような映画」と紹介されたこの映画は、なぜ奇跡となりえたのか。「時代の変化」「演技の排除」「極限まで高めた審美眼」という3つの視点で迫っていこう。

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  • 時代の変化
  • 演技の排除
  • 極限まで高めた審美眼



時代の変化
ブロマガでも今回の授業でも「時代の変化」が『秋刀魚の味』のテーマのひとつとして取り上げられた。
そして「時代の変化」を語る上で重要なトピックとなったのが、「集団の形成」である。社会の中で、人はなぜ、どのように集団を形成するのだろうか。

ハックル氏は、渋谷の街でふと目にしたカップルの距離感、表情、しぐさなどの馴染んだ様子に、かつて繰り返したある「問い」について思い出したそうだ。
それは、「なぜ女性と付き合わなければならないのか」という問いであった。初恋の芽生え以降、恋をするべきという強迫観念に近い感情にとらわれ、なぜ恋愛についてまわる諸々の高い壁を乗り越えてまで、伴侶を獲得しなければならないのかと。

往時のハックル氏が達した結論は、「社会的ソリューションである」というものであった。
二人以上の集団を形成したほうが、社会を生きていく上で行動の幅が広がるのだ。有り体に言えば組んでいないと損をする。しかも男女のつがいであれば、SEXというストレス軽減のオプションつきなのである。
次の画像は、黒澤明監督の映画『七人の侍』のワンシーンであるが、ここでも「夫婦」という集団が、社会のなかで効率よく実りを得られるということが示唆されている。

映画『七人の侍』より

このような問い立ては、ある意味では馬鹿げているようにも思える。多くの人がこのようなことは考えないか、考えたとしても浅はかなものにとどまって満足する。
しかしながらクリエイターとして生きる者は、社会の様態の本質がわからず、突き詰めたりもせず、後づけの理由にたぶらかされたりしている世間一般に足並みをそろえるわけにはいかないのだ。

ところで、集団形成の本質とこの映画で描かれている「時代の変化」に、どのような関連があるのだろうか。そのヒントがハックル氏のブロマガにある。

"本質を見極めるための最も基本的な方法は「観察」である。物事をじっと見る(中略)「過去と現在との差異」を見比べるのである。観察を、時間軸の中で行う。"
本質を見極める方法(2,147字)
http://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar674107


『秋刀魚の味』には過去と現在の差異を「観察」するための「歴史的価値」がある。集団を形成するための「結婚」というもののとらえ方が、大きく変化していく様を描いているのだ。
多くの人は、この映画で描かれている結婚観に「こんなの今ならありえない!」「当時だったら、こういうのもありえるんだろう」という反応を示すだろう。ここに「普通の人」が越えられない壁がある。
小津監督は、「これはいつか失われるだろう」という予感のもとに丹念に描き、その変化に永遠性を根付かせることに成功したのだ。

あるいは、小津監督の「女性とはなにか」という問い立てからなる、「女性の在りよう」を描いた映画でもあるだろう。というのも、女性が集団の中でどのような役割を果たすのか、というのは社会の変容とともに大きく変わってきたからだ。その変化の過程を正確に描き出そうとすることが、すぐれた映画を生むのだ。そこに小津監督のしたたかさ、精神の気高さを感じるとハックル氏は言う。

クリエイターは「時代を見る目」という刀を研ぎ澄ませる必要がある。クリエイターとして現代をどう読み解くのか。『秋刀魚の味』には時代を読み解くコツも隠されている。女性を見ること、街を見ること、どんなものが社会の中で必要とされているか、人々がどんな服を着ているのか。それらは全て、流れを成す時代の一片となるのだ。


演技の排除
『秋刀魚の味』の特徴は、役者陣による演技にある。ともすれば「演技下手」にも見えかねないものだからだ。
彼らは、日本の映画界が最も盛り上がっていた同時代の激戦を勝ち抜いたエリート俳優であり、数多くの名作に出演もしている実力者揃いである。にも関わらず、一見すると淡々として抑制的に感じてしまうような演技が、全編を貫いているのだ。

S魚氏は、料亭で出された鱧や壁に掛けられた桔梗の花から季節が夏であることを割り出す。だが、役者陣の演技からは夏であることを伺わせるような場面は一度もない。同時代に発表され、前々回授業のテーマともなっていた、黒澤明監督『天国と地獄』において、設定が夏の映画を冬に撮ることで夏の演技を引き出していたこととは相反する考え方であるとした。

これに対してハックル氏は、小津安二郎監督の演技に対する明確な意図に言及する。
それは、
「棒読みさせる」
「演技をさせない」
というものである。
特に「間」による演技をさせないということに注力しており、老若男女すべての登場人物が同じ間で話しているのだ。これが、鑑賞者に読み解きを促す。
『秋刀魚の味』では、「セリフで物語を進行させる」ことに尽力している。巧妙な会話のやりとりで登場人物の過去や思想が詳らかにされ、そのキャラクター造形を浮き彫りにしていくのだ。

ところで、『秋刀魚の味』における演技が「淡々として抑制的」と書いたが、リズムよくラリーを繰り返し、ある時点で劇的に分岐していく会話は非常に派手な心象を描きだしている、というのはハックル氏の言である。
その例として挙げるのが、物語の終盤、主人公である笠智衆演じる父親が、岩下志麻演じる娘――失恋直後の遣る方無い思いであろう娘に縁談を勧めるシーンだ。
これは娘を慮っているようで全く娘の気持ちを考えない親と、それに付き従う健気な娘という構図を描いた、非常にスリリングな場面となっている。

閑話休題、前述の『天国と地獄』においても、決定的な場面であえて演技をさせない黒澤明監督の「相手を殺す」演出について言及があったが、「演技をするのが役者だ!」という並み居る実力者を御する小津監督の胆力たるや想像を絶するものがある。
同時代に活躍した歴史的な名監督に垣間見る、方法論こそ違えどその本質は似通っている演出手腕、というのは決して偶然の賜物ではないだろう。


極限まで高めた審美眼
映画が映画であるべき理由とは何だろうか。
それは「絵の美しさ」をさしおいて他にないとハックル氏は言う。それは前提であり、土台である。前景、中景、遠景からなる奥行きと、画面を構成するグリッドの美しさが、映画におけるすべての基礎となるのだ。

『秋刀魚の味』では、パン、ティルト、ズームといったカメラアクションを排除し、さらに会話のシーンのほとんどを人物を中心に据えたバストアップショットで撮影している。
被写体を中央に位置すると、難しいバランスになる。得てして凡庸な構図になってしまうのだ。ところが『秋刀魚の味』ではそうはなっていない。絵の作り込みに気の遠くなるような労力をかけていることがわかる。まさに命をかけて映画を撮っている証左であるとハックル氏は言う。
画面に映し出されるすべてのものに気を配るというのは当然のことのようにも思えるが、「絵」に対する高い審美眼が備わっていなければ、その試みはすべて徒労に終わるのだ。

川の流れは、その流れの中にあってこそ意味を持つ。したがって流れの中から無造作に汲み取ってみても、そこにあるものは流れを失った、ただの水である。その流れを正確に写し取るためには、まごうことなき審美眼、技術、思索が高いレベルで結合されている必要がある。

ここでハックル氏の推薦図書、審美眼とバランスを学ぶための一冊として紹介されていた、赤瀬川原平『印象派の水辺』のある一文を引用したい。

"印象派の絵には、絵画の行き着く最終地点があり、同時に絵を描こうという気持ちの原点がある。その二つが無垢の形で結合していて、ほとんど永遠の気持ち良さが光っているのだ。"
赤瀬川原平・印象派の水辺 http://amzn.to/1AuseSl

この意味で『秋刀魚の味』は、まさに映画という表現の行き着く先ともなっており、また映画を撮ろうとする思いの原点があるのではないだろうか。儚く移り変わっていく時代の変化を、強靱な意思と確かな技術でフィルムに焼き付け、記録以上のものを後世に持ち運んでいくのだ。
そして凡百の映画とは一線を画す『秋刀魚の味』はまさに映画史における「奇跡」であり、それを岩崎夏海クリエイター塾という場で「味わう」ことができる喜びを噛み締めたい。

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最後までご覧くださいましてありがとうございます!

またあそぼーね!

第一期岩崎夏海クリエイター塾レポート・リンク集
http://blogger.naminoritaishi.com/p/huckleberry.html

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